就職活動は終わったものの… 

気ままに書いたもの

「このままこの人と結婚していいのだろうか。」

結婚が決まって幸せ絶頂のはずなのに、何か心の奥に雲がかかったようなモヤっとした不安がある。これは一般に「マリッジブルー」と呼ばれる症状だ。親と離れる心配、自分の苗字が変わるという現実、本当に彼で良かったのかという後悔ともいえない不思議な気持ち。

マリッジブルーは厳密には男性にも起こるらしいが圧倒的に女性に多い症状だという。望んでいた結婚でも、いざそれが目の前の現実となると、不安に駆られるそうだ。

今僕が陥っている症状はそれに似ている。今回はこの「○○ブルー」について思うことを書いていきたい。

燃え尽き症候群?

世間一般の就職活動だと、だいたい大学3年生の終わりごろから準備を始めて、4年に上がる直前の3月1日から一気に企業へのエントリーが始まる。

そして、筆記試験からグループディスカッション、さらに面接を潜り抜けて、6月1日以降に内定をもらうという流れが一般的だ。まあ実際は4月5月に内定をゲットして就活を終えるという人も多いようだが、大手中の大手に就職したい人はやはり6月頃まで頑張るらしい。

以上が、多くの大学生の就職活動の流れだが、僕の場合は大学3年の1月には就職活動が終わってしまった。何か汚い手や特別な方法を使ったわけではない。そして、僕が有能だったから早く就活が終わったというわけでは決してない。

簡単に、自分に気を遣わずに言うと「妥協」したのだ。早くからインターンシップに参加していたら、そこから気が付いたら最終面接にこぎつけていた。

僕の大学に通う人なら9割9分の人が「そんな企業でいいの?」とからかうはずだ。まず業界自体が少し変わり者が選ぶ業界というイメージもある。そんなこともあり、僕は本当に仲のいい人ではない限り、就職活動の終わりを報告したくないのが本音なのだ。

内定が決定した日の夜は嬉しかった。しかし、時間が経つにつれて、もやもやが勝ってきた。

「自分の人生、本当にこの道でいいのか?」

僕の就職先がそのような業界だからなのかわからないが、自分の決めた道にもかかわらず、自分の将来に対する不安がわいてきた。「リクルートブルー」とでも言っておこうか。これはおそらく、どこの企業に入っても感じる不安なのではないかと思う。

仮に新卒で入った会社に終身雇用でお世話になると考える。そうすると40年は20歳そこらで選んだ会社で働くということになる。これは不安になって当たり前だろう。「リクルートブルー」は誰にでも起こる心の動きで、一種の通過儀礼のようなものなのかもしれない。

自分のブルーの正体

僕が就職先が決まったにもかかわらず、自分の将来不安になっている理由は、誰にでも起こる心の動き(「リクルートブルー」?)が原因かもしれない。また、自分の進む業界が世間的に見てあまりいい仕事ではないからかもしれない。しかし、もっと違うところにこのもやもやの原因はある気がするのだ。

僕は大学3年の夏ごろ、どういう仕事に就くかという迷いとともに、どこに就職するかという問題に本気で悩んだ。もちろん、それは東北に就職するか東京近辺で就職するかという二択だ。かなり悩んだ末、僕は地元を離れるという決断はできなかった。

しかし、その後も東北に対する思いは一向に収まらない。小さい頃からずっと、定住を夢見てきた東北だ。

就職なんて、生活の拠点を移す最大のチャンスだった。しかし、僕はあえて東北を選ばなかった。関東でやりたいことをやってからでも東北には行ける。そう自分に言い聞かせて、東北での就職活動の選択肢を頭から消した。

やはり、自分を悩ませているのは心のどこかにある東北に行きたいという想いなのだ。かといって、今東北に行けば、後々後悔することもわかっている。まずは生まれた場所で自分のやりたいことを全うし、それからで東北に行くのは遅くないだろう。

目の前のことに懸命すべし

これは僕だけにあてはまらない。このブログを読んでいる多くの人に伝えたいことだ。もし、人生の選択肢で迷ったときは本当に自分のやりたいことを優先した方が良い。

それも今この瞬間にやりたいことだ。僕は育った環境の影響もあり、「最悪死ななければ大丈夫」という幸せな考え方を持っている。僕が若いからこのようなことを言えるのかもしれないが、とにかくやりたいことをやった方が良いと思う。

そうして選んだ道なら、例え不安になったとしても絶対にやり遂げられるはずだ。そうでないと自分に失礼である。

もっとも、このような偉そうなことを書いた自分もまだブルーを抜けきれておらず、来年の入社が憂鬱でしかないのだが、「自分の選んだ道だろ」と自分に言い聞かせて、新卒の会社で全力で働こうと思う。

この一年間の使い方

せっかく人より早く就職活動を終えて時間を確保できたのだから、この一年間はめいっぱい楽しもうと思う。『東北見聞録』と銘打っているが、東北以外にも国内を中心にいろいろなところに行ってみようと思う。


江戸時代後期に生きた三河の人で、東北を旅した菅江真澄という人物がいる。菅江真澄は30歳あたりで東北地方に旅立ち、最終的には秋田に腰を置いてその生涯を終える。その日記がとても詳細に当時の東北地方の実情を残していて面白い。スケッチも、「御伽草子」のようなタッチで残されているので人に見せるための地誌だったのだろうと思う。

菅江真澄は和歌をはじめ国学の知識や、考古学、本草学、民間伝承など様々な知識を持っていた。東北の旅でもその知識の上に見たものをのせて深い考察をしている。菅江真澄の功績では長年をかけてみちのくを歩いた日々もたたえられるべきだが、30歳までの故郷での学問の成果も非常に大きい。その知識があってこその、みちのくの記録だったのだ。


自分も菅江真澄を見習って、東北に行けない期間は様々な土地の色々なジャンルのことを知ろうと思う。そうすることによっていざ東北に行ったとき、同じ景色でも感じ方が変わるだろう。

この一年間は日本の色々なところに行き、東北の比較対象を見ていこう。

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