【読書録】人と人とのつながりを考える『友だち幻想』

読書録

僕はどちらかというと友達は多くない方だ。特に大学生になってからは、頻繁に交流するのはかなり数人の友人しかいない。だが、中学生や高校生の頃は確かに友達関係に悩むことがあった。

今回は、普段中学生と接するうえで読んでおきたいと思った本。『友だち幻想』を読んで、その内容と感想を記事にしようと思う。

『友だち幻想』はどんな本か?

日本・アメリカ・韓国の高校生に、「若いうちにやっておきたいことは何か」と質問すると、日本の高校生は「一生付き合える友達を得たい」だとか、「人間関係を豊かにしておきたい」と答える人が、他の二国に比べてかなり多かったそうだ。

日本の若者は友人関係を重視する傾向が強い。だがその一方で、人とのかかわり方で悩みを持っている人が多いのも事実だ。

この本は現代日本社会で求められる人との付き合い方について書かれた本だ。友人関係に悩みがある人、「なんとなく仲良くはしてるけど、心からつながっている感じがしない」など何とも言えない感覚で人と接している人はこの本を読んでみるともしかしたら心の中のモヤモヤが少し晴れるかもしれない。

同質性を前提としているうちは悩みは尽きない

かつての日本には「ムラ社会」と呼ばれる地域共同体があった。幾つかの家族が生活のために協力して暮らす、「近所の人の顔と名前はすぐにわかる」といった状態だ。昔はしょうゆがなくなったら買いに行くのではなく、隣に借りに行くということも普通にあったらしい。

こうした時代では人々は一人では生きてゆけず、ご近所同士で助けあって生活しなければいけない。だが、今は違う。極端な話、インターネットがあればの人との接触は必要最低限で生活することができてしまう。

現代という時代は、一人でも生きていけるからこそ、人とのつながりが本当に大切になってきている時代なのだ。一人でも生きていけるので、人とつながるのが昔よりも複雑で難しいのも事実なのだ。

ムラ社会の頃には、人々は皆、同質なのが当たり前とされていた。伝統的なムラ社会では隣に住んでいる人は当たり前に自分と同じ価値観で自分と同じ生活を営んでいた。だが、今は仲良くしたい相手が必ずしも自分と同じ価値観を持っているとは限らない。

自分と相手が同質ではないのに、同質性を前提とした付き合い方(厳しい上下関係や礼儀作法など)が依然残っているのが問題なのだ。

「一年生になったら」の同調圧力

「一年生になったら友達100人出来るかな」というのは、100人いたら全員が全員と心を通わせて、仲良くできるという幻想が歌詞に現れている。

昔はそれでよかったのかもしれないが、今はもうそうではない。他者は他者であるということを前提に、仲良くなれなくても上手くやっていくやり過ごすという態度を学校でも教えるべきなのだ。

誰とでも仲良く、心を通わせることができると思い込んでしまうと、そんなことは出来もせいないのにどんどんしんどくなってしまう。

本を読むことの大切さも

この本の終盤には、なぜ本を読むことが必要なのかがとても説得力のある形で書かれている。この本を通して読んでからその部分を読むと、なお読書の重要性とその素晴らしさがわかると思うが、忙しい人はその部分だけでも読む価値があると思う。(詳しくは『友だち幻想』143頁から)

おわりに

試験期間ということもあって、僕はこの本を二日程度の時間しかかけずに読んでしまった。だが、これからの世の中で生きて行くということ、中学生と接する機会が多いことを考えると、もう少しゆっくりと読んでも良かったと思っている。

入試問題の題材に使われてもおかしくないようようなでもあるし、春休みになったらもう一度読み直してみようと思う。

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