【読書録】『虐待された少年はなぜ、事件を起こしたのか』

教育系

子どもが育つ課程では、家庭・学校・地域、場合によっては宗教など様々な機関が一人の人間の人格形成に影響を与える。ただ、その中でも家庭の影響が圧倒的に大きな影響力を持つことは言うまでもない。石井光太著『虐待された少年はなぜ、事件を起こしたのか』の中でも、同様のことが書かれている。

家庭環境の影響力

 少年院に入る少年は、一定以上の割合で健全ではない家庭環境で育ったものがいる。虐待とは言えなくても、何らかの形で本来は心も身体も休まるべきである家庭の環境に問題がある場合も多い。

筑紫少女苑という福岡県の女子少年院の統括専門官である高橋真矩子は、「少年たちに話を聞いていると、暴力はふるわれていないけど、家族団欒の経験や記憶が乏しいなど、家庭がその機能を十分に発揮できていないことがよくあります。家庭があっても、一部の家庭はその役割を果たしていない」と話している。
※少年院では性別に関係なく少年と呼ばれる。

筑紫少女宛の二人の少女

 同書には、筑紫少女苑にいる二人の少女の事例が紹介されている。一人目は中村朱里だ。朱里の母親は朱里が幼い頃から中学入学までに三人の男と結婚したが、それぞれの父親は家庭内の暴力を繰り返していた。

そして、朱里が強引に通わされていた祖父のゴルフ教室でも祖父からスパルタ指導を受けていた。さらに母親はうつ病を患っており、家庭に居場所が全くない状況であった。母が三度目の離婚をして、引っ越した後もうつ病の母親からの暴言は続き、ついに耐え切れなくなった朱里は家出をした。

引っ越したばかり、見知らぬ地で頼った先は、男性の先輩だった。肉体関係を迫られ、すると、他の男性からも次々と肉体関係を迫られ、更に脅しをかけられ、援助交際を強要された。自分を大切にしない、自暴自棄ともいえる状況であったがそれでも朱里は「それでも、家にいるよりはマシだった」と話している。

 

二人目は谷美帆子だ。美帆子の母は十代で結婚し美帆子の兄と美帆子が生まれてから離婚した。母親は元暴力団関係者と再婚し、美帆子にとっての義父にあたる男性との間には四人の子どもが生まれた。

義父は事あるごとに家庭内暴力を繰り返し、母親と義父は六人の子どもを放置するという、劣悪な家庭環境であった。衣服もまともに買ってもらえなかった美帆子は学校でもいじめられるようになっていった。

中学生になった美帆子はたびたび家出をするようになる。美帆子はその頃からまちの不良グループと関わるようになった。援助交際やドラッグにまで手を出し、その結果中学三年間で三度目の逮捕となった時に、児童自立支援施設へと送られた。


二人の共通点は言うでもなく、幼い頃から劣悪な家庭環境に置かれていたということだ。家庭において、常に暴力が隣り合わせというような環境だと、自分の感情もためらうことなく暴力として表現するようになってしまう。

また、家庭の環境が不健全だと、「じぶんなんて」という自己否定感につながる。そこから自傷行為や、自分を安売りして援助交際に走ってしまう場合がある。家庭環境が劣悪であるということは、他にも様々な形で、子どもの成長に悪影響を与える。

親が子どもを放置すれば、他者との関わり方を覚えずに大人といえる年代まで育てしまう。子どもの面倒を見なければ、学校で「汚い」・「臭い」などといじめの対象となることもあるだろう。

健全な家庭の機能は赤ん坊の時期には、信頼感、愛情。共感性などの他者との円滑なコミュニケーションを図るうえでの基本的かつ重要な感情を植え付ける。ここを出発点として、外部の環境に飛び込んで、親に見守られながら社会性を身につけていくのだ。


ここで話は筑紫少女宛から国立武蔵野学院という児童自立支援施設へと変わるが、武蔵野学院では夫婦小舎制という制度をとっている。同書には以下のように書かれている。

「職員が親の代わりになって接し、一緒にご飯を食べ、遊び、悩みを共有する。場合によっては少年たちが職員の夫婦喧嘩を止めたり、赤ちゃんの世話をしたりすることもある。『家庭』を疑似体験させることで、健全な精神をつくり直すのだ。」

『虐待された少年はなぜ、事件を起こしたのか』64頁

もちろん、非行の要因は家庭環境だけには求められないが、先述したように家庭の影響は大きい。そのため、武蔵野学院では家族を疑似体験させる仕組みがとられているのだろう。

複合的な非行の要因

上述した家庭の機能不全は、同書内では愛着障害と表現されている。愛着障害とは上で述べた、本来であれば家族とのかかわりあいの中で獲得すべき愛情や共感性の欠如による、「生きていく上で様々な支障を持ってしまう状態のこと」だ。

しかし、精神的・肉体的虐待など、家庭環境に問題があっても、非行へとは走らない子どもも確かに存在する。ただ、その様な場合には、劣悪な環境に対する耐性がある場合や、うまく親戚の所に「逃げ場」を作ることができているものだ。

虐待がそのまま非行へとつながる場合もあるが、非行の要因はかなり複雑である。少年院や児童自立支援施設に来る子どもも、家庭環境に様々な要因が重なり合った結果として問題行動として心の闇が表面化している場合が多い。

少年院や児童自立支援施設に来る少年に対しては、個人個人の問題に合わせた処遇が必要とされる。少年犯罪の場合には、社会に出た後に、犯罪を繰り返さないよう、また充実した生活を送ることができるよう支援する必要がある。そのためには、なにが非行の要因なのかを適切に判断して、アプローチしなければならない。

近年では虐待と組み合わさり、非行少年を生み出す要因として、発達要害や知的障害が注目されている。同書にもある通り、二〇一六年の少年院法改正では、少年院にいる少年たちの発達障害の有無を調べ、適切な対応をするガイドラインが整えられた。

障害は具体的にはADHD(注意欠陥・多動性障害)やASD(自閉症,アスペルガー症候群)などの病名がつくもので、その言動の特徴は時に健常者と変わりないように見えるため、親も障害を認知しないまま接している場合が多い。

そこに虐待が加わると、普通の子どもであれば助けを求められる場合もあるが、発達障害を持つ子どもはそれができない。さらに、学校などの外界に触れるようになれば、虐待に加えてや障害による精神的な問題も原因となっていじめ被害に遭ったりする。

こうなると、既に存在している精神的な問題に加えて、より人を信頼できないなどの社会性の問題が出てくる。

同書の中で、国立武蔵野学院と国立きぬ川学院で精神科医として働く富田拓が一人の発達障害をもつ少年の話を紹介している。ADHDだったその少年は幼い頃から家庭や学校で問題行動を繰り返し、児童自立支援施設に送られた。

富田は少年の症状を見て、コンサータという薬を服用させたところ、他動的な行動は治まった。しかし薬では、感情の昂りを抑えられただけで、家庭環境の問題などから抱いてきた周囲への不信感、自己否定感などはなくなったわけではなく、以降も他人とうまく付き合うことはできなかった。

そこで富田は、日々の活動の中で自己肯定感をつけさせたり、他人とうまく付き合うことができるよう、様々な指導を重ねた。その指導の結果、少年は一年が経つ頃には周囲の同僚と上手に付き合うことができるようになり、薬ではなく他社とのかかわりの中で得る自己肯定感によって感情を抑えることができるようになった。結果として、施設を出る頃には薬を服用する必要はなくなっていたという。

おわりに

 この場合には、医学的アプローチでは非行少年の問題の根本改善にはつながらなかった。その後の心理的アプローチをもって、社会に出た後にも問題なく人と関われるように訓練されたのだ。

心理的アプローチも医学的アプローチも、それぞれは少年院や施設の処遇の一部であり、他の処遇と影響を及ぼしながら、複合的に効果を発揮する。

それは非行の要因そのものが複合的な様相を呈しているためである。非行少年への対応は個別個別で要因を考え、どのように働きかけていくかを見極めたうえで、適切に行われなければならない。

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