今回呼んだ『親業』は、トマスゴードンという人によって書かれたアメリカの本だ。「親業」とは子育てのことである。従来の子育て論は、「子供がいかに育つか」というように、子どもに重点が置かれていた。
しかし、「親業」は「子どもが育つうえでどのように親がかかわるか」というように、親の方に重点が置かれている。
もともとアメリカの発祥である「親業」だが、日本にも親業訓練協会というものもあるらしく、講座も用意されている。親業の実践は確実に成果を残しているということなのだ。
なぜこの本を読もうと思ったか
前の本との関連性
『親業』はもともと、僕の尊敬する人からおすすめされていた本だった。ただ、Amazonで買ったはいいものの、なかなか他の本との兼ね合いもあって読み始めていなかった。
そんな中で、この本を読む前に、『やり抜く力』の本を読んでいた。その中で、どうしたらやり抜く力の強い子どもを育てることができるのかという話題が出てきたのだ。
何かつながりがあったらいいなと思い、『親業』にも手を付けてみようと思ったのだ。
読書をしていて、以前読んだ本との関連性が見えてくるとかなり面白くなる。そうなると、より知識や考えが固まってくるのだ。今回もそれを期待した。
どの様な視点で読んだか?
この本は、子育てをする親に向けて書かれた本だ。小さい我が子がわがままでいうことをきかない、ティーンエイジャーの子どもが親に対して尊敬がない、などの悩みを抱えた親のための講座の役割だ。
だが、もちろん僕には子供がいない。将来のために親目線で読むのもいいと思ったが、今回はコミュニケーション全般として参考になる部分があったらと思い読むことにした。
そのため、ここでは本の中では親と書かれている部分を指導者に置き換えて、読書録を書いていこうと思う。
指導者も一人の人間である。
指導者という立場になると、いつも自分が完璧でいないといけないと思ってしまいがちだ。そうなると、自分が一人の人間であることを忘れ、自分を自由に表現することができなくなってしまう。
そうなると、子どももそのうさん臭さに気付くのだ。子どもはいつも完璧な大人よりも、一人の人間としての大人を欲している。自分を偽るということがやがて子供との関係性の悪化につながってくる。
例えば、子どもが何か問題を起こしてしまったとしよう。自分はそれが許せない。ただ、そこで「寛容に許してあげなければ…」と考えて、何も言わずに許してしまうと、その大人は自分偽っているということになる。
子どもは我々が思っているよりもずっと大人なので、その偽りの態度に気付く。そうすると音の名に対して不信感を抱くようになるのだ。
だから、指導者という立場でも、自分の耐えられないことはきちんと表現していかなければいけない。それが価値観というものなのだ。
『親業』の中ではこれが家庭の話として指摘されていた。ただ、僕はある程度は自分で自分をコントロールする必要があると思う。その点は親と親以外の教育関係者の違いだろうか?
教育はカウンセリングに近い
受容する
子どもは大人に本当のことを話したがらない。これはいつの時代にも変わらない事実だろう。だが、一部の大人には正直に話をするのも事実だ。
子どもに限らず、人は受容されている(受け入れられてる)と感じている時には何も隠さずに話をしようという気になるものだ。それは、自分の全人格を受け入れてくれるのだから、何を話しても受け入れてくれるだろうと思うからだ。
教育は助けること
coach(コーチ)の語源が馬車だということは知っている人も多いと思う。「水辺に馬を連れて行っても水を飲むのは馬の意志だ」という例えも有名なものだ。
要は、人を変えることなんてできなくて、そのきっかけを与える、目的地まで伴走するのが指導者の役割なのだ。
そして、それはカウンセリングにも近いと感じる。上で説明した受容というのはカウンセリングにおいて非常に大切なことなのだ。
人間は自分が無条件に受け入れられていると感じると、そこから前に進む気になる。だから誰かを助けたかったら、まずは受容することが一番だ。
能動的な聞き方
だからまずは、「僕は君のことを受容しているよ」ということを示さなければいけない。それは表情や態度ももちろん大事なのだが、やはり言葉で伝えるのが一番なのだ。
干渉せずに、相手の話に対して自分がどう思っているのかを出さない聞き方、それが能動的な聞き方だ。
「そうなんだ」
「○○と思うんだね」
「ふーん」
一見興味がなさそうな相槌に見えるが、このように話を聞けば、相手は自分が受け入れられていると感じることができる。そのような関係になって初めて、教育やカウンセリングが可能となるのだ。
この本では能動的な聞き方の具体的な家庭内での活用例が多く紹介されている。
権威とは何か
子どもから見たら、指導者は無条件に大きく見える。それは物理的に身長などもそうだし、心理的にもそうだ。本来立場の上下はないのだが、子どもも賢い一人の人間だから、自分よりも「強い」人だというのはわかるのだ。
権威とは指導者が獲得したものではなく、始めから子どもの視点によって与えられたものなのだ。そして、その権威は子どもと指導者の関係性が変われば必ず失墜する。心理的な大きさが同じになれば、その権威に媚びる必要がなくなるからだ。
だからあらかじめ与えられた権威ではなく、尊敬されたいのならそれなりに自分で努力してつかんだ証で尊敬されるようにならなければいけない。
どうしても力の関係は指導者の方が上になってしまうのだから、上の方から歩み寄らないとコミュニケーションは成立しないし、不公平なのだ。
子どもの前で、自分は何も偉くないのだ。このことは肝に銘じておかなければいけない。
本当は親向けの本
この記事では、「指導者」と書いているが、本はすべて親に向けて書かれた本だ。だから、大半は家庭の問題解決法について書かれている。
僕は中学生と関わるうえで参考になることがないかと探しながら読んだが、本来は親にあたる人が読むべき本だ。
僕も何度か読み返そうと思うが、本当に1ページ目から読み直すのは子供ができたらになるだろう。
ただ、親業訓練講座には教育者用のコースも用意されているらしい。そのためもあってか、ためになる部分は多かった。
親という立場にはない人でも、読んでみることをオススメしたい。
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