【塾講師】新卒入社から3年、神奈川県西部のメッカ小田原で学んだことを振り返る。

塾講師

2023年2月28日。この日は令和5年度の神奈川県立高校入試の合格発表日だ。学力検査から2週間。長い、実に長い。一度緊張から解放されて、忘れたころに月末がやってくるとだんだんドキドキしはじめるのは毎年恒例だ。

高校受験は通過点だとよく言われる。

確かにそれはそうだが、それは大人になった僕たちだから言えることだ。中学3年生にとってはそれがここまでの人生のゴールであることには間違いないし、その子のお父さんお母さんにとっても、我が子の受検の合否は生活のど真ん中にある最重要項目だろう。

たかが高校受験、されど高校受験
とはよく言ったものだ。

合格発表日は色々な意味で辛い。ただ、この日があるから塾の先生を頑張ろうと思える。もっと頑張りたいと思える。塾講師にとって大事な大事な発表日。そして、今年の2月28日は僕にとってはもう一つの意味でも特別な日だった。

かまぼこの里にサヨナラバイバイ

2月末で職場が小田原ではなくなる。

大手高校受験指導塾に新卒入社してから3年間、小田原の教室で専任の教師として居場所を与えて頂いていたが、3月からは会社との関係が変わり、どこか一つのスクールに所属することなく、色々な教室で授業をするようになる。

これは僕が自分でやりたいことにチャレンジしたいということを会社が尊重してくれて、それでもまだ居場所を与えてくれたということで、本当にありがたいと思っている。まさかまさか、不満があって退職するわけではない。

これからも小田原で仕事をすることはあるかもしれないし、場所は違えど今まで通り授業はさせてもらえる。

ただ、一つの大きな区切りではあるのでこのタイミングで3年間で学んだことを改めて振り返ってみようと思う。

たいていのことは準備が9割。

入社当初、コロナ禍だったため生徒の前で授業を一度もしないままGWの連休に入った。異例の社会人一年目。同じく子どもたちも困惑したと思う。


そんなところからのスタートだったが、段々と対面通塾が再開して授業をする機会が増えた。お金をもらうプロとしてあってはならないことだが、当然と言えば当然、初めは思うような授業ができない。

「あそこでこう質問すれば答えやすかったかも」
「もっとゆっくり話した方がよかったか…」

申し訳なさがその日の夜の教材研究の原動力になる。だが、練習すれば、本当に少しずつだが授業が上手になるのがわかる。

初めての夏期講習では、準備が間に合わずに教室に泊まり込みで練習したこともあった。3年目でも朝の6時から黒板で練習した日もあった。準備のしたその分だけ自分が上達して、結果的に生徒に還元できることが増えていく。

保護者の前でのプレゼンもそう。やればやるだけ自分の血肉になっていく。塾講師は高学歴の人が活躍する頭脳労働的な職種だと思われがちだが、実はものすごい肉体労働で、ある種の職人技ともいえる。稽古を積むことが大事なのだ。

1000段ある階段のうち、1段2段を登ったに過ぎないのだろうが、準備した分だけ上達するという感覚を持てたことは非常に大きかった。もっと上手に、もっと強くなって、目のまえの子どもに少しでも貢献したい。

全ての原因は自分にある。

新卒の頃、国語の演習の時間に質問を受けた。

「先生、枕詞と序詞の違いって何ですか?」

例文を出してみたり、色々な方法で説明したが納得してもらえない時間が続いた。最終的にわかってもらえたが、たったそれだけの質問に答えるために、その子の時間を15分近く使ってしまった。

その子が最後に言った言葉が今でも強烈な戒めになっている。

「私がバカだから理解できないんですよね、ごめんなさい…」

15歳の子でも、出来ない理由は自分にあるのだと信じて頑張るのだ。だったら大人がごまかしたり、嘘をついたり、なんとなくできてる風ではダメだ。自分の中の奥深いところでそう感じた瞬間だった。

全ての原因は自分にある。生徒が授業中に寝るのも、宿題をやってこないのも、全て自分に原因がある。もちろんそれを生徒に直接伝えることはしないが、心の中ではそう思っていた。

全ては自己責任。こう思えた時に成長できる。

書きまくったメモ帳たち

なりたい自分があるから成長する。

なりたい自分を思い描く。それを言葉にする。恥ずかしくても言葉にする。現状の自分とのギャップに打ちのめされそうになるけど、それでも言葉にする。

遠くを見ると理想の自分がいる。到底届かないから苦しい。

目のまえを見ると、山積みになったできないことが大量にある。苦しい。

この状況が人を成長させてくれる。

しかし、慣れてくると「これでいいや」と現状に満足する悪い虫が自分の中にわいてくる。人間は自分に甘い生き物だ。できていると思いたい。

そんな時、「まだまだだ」と言ってくれる人がいた。言わずとも背中で見せてくれる人がいた。これが、自分にとって本当にありがたいことだった。周りで一緒に働く人たちのおかげだ。

圧倒的なスキルの上司や先輩のすがたをつぶさに見ることができた3年間は、今思うとものすごく幸せだったのだと思う。

まずは大人が頑張れ。

教師は子どもを頑張らせるのが仕事だ。

目のまえの子どもに頑張れというのなら、まずは大人が頑張らないとだめなのだ。

大人の本気は子供に伝わる。本気の言葉が出せるかどうかは、結局その人が本気でやっているかどうかにかかってくる。根性論に聞こえるが、実際そうだと思う。

子どもの成長力は大人の成長力に比例する。僕たちが止まったら教育は成り立たないのだ。

そんなことを、尊敬する人から教わったし、かかわる子どもたちからも教わり続けた。

最後に

会社という組織に入れてもらって、その場所に配属されて、そこから外れるのがこの3月。別に3年間で僕個人が何かを成し遂げたわけではない。

ただ、「その日一日を手を抜いて過ごしたことはなかった」ということは自信を持って言える。

まだまだ塾講師としても一人の社会人としても発展途上。それでも、ここから先、自分で積み上げていくものの土台になるのは、間違いなく小田原で教わったことや学んだことだ。

次の3年間を、これまでの3年間に負けない密度で過ごしたい。

その決意と覚悟、小田原に通えなくなるちょっぴりの寂しさと、表しきれないくらい大きな感謝。

これをいつでも思い出せるように、思い浮かぶことを一気に書き出してみた。

最後に、職員室の壁に貼ってあり、毎日目にしたことばたちを並べてこの記事を終わりにしたい。


「出会う人すべてに最高の感動を」
「やるからには徹底的に結果に拘る」
「意志あるところに道あり」
「Yes,we can.」





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