グラウンド整備は嫌いじゃない。割と好きだ。

教育系

2020年3月、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、政府は全国の小・中・高校に異例の休講要請を出した。

それに伴って、ボーイズリーグの大会も延期・中止となり、チームの活動も自粛となった。いつもなら中学生と野球をしているはずの週末も、ぽっかりと穴が開いたようにすることがなくなってしまう。

三月中頃の日曜日、午前に用を済ませた僕は、なんとなくグラウンドに向かった。

前日の雨がいつも通りの水たまりを作る

グラウンド、と言っても畑の一角ほどしかない狭い練習場だが、僕が中学二年生の頃に同期のみんなでタイヤ押しをして平らにした大事な場所だ。

若干粘土質のそこには、今日もいつも通りの場所に水たまりができていた。ビニールシートが貼られていたので、まずはそれを剥がすところから整備は始まる。

前日の雨とは打って変わっての快晴だったので、グラウンドに日が当たるようにビニールシートをどけてから、既に渇き始めているところはレーキをかける。

雨上がりのレーキは歯が入りやすいので、かけていて気持ちがいい。そんなに広くないので、一人でも10分ほどですぐに終わってしまう。丁度一汗かく頃だ。

少し疲れる作業だが、僕はグラウンド整備が嫌いではない。「好きか?」と聞かれると、別に大好きというわけではないのだが、一度始めるとのめり込んでしまう、「何か」が整備にはある。

整備は「耕す」ことに似ている。

冬耕

俳句の季語の一つで、文字通り冬に畑を耕すことだ。また、春耕という言葉もあることから、「耕す」という行為は、秋の収穫のための準備段階なのだ。

丁寧に土を掘り起こして、空気を送り込み、良い作物が育つように気持ちを込める。これから育つ作物のためにより良い環境をつくり出すというのが、耕すことの意味なのだ。


グラウンド整備もそれと同じに思える。これからここで野球をする中学生のためにより良い環境を作りたい。その思いで、丁寧に土を返していく。うちのグラウンドはもともと荒地だったところなので、今も決してきれいなグラウンドではないが、少しでも平らになるように、丁寧に削った土をかぶせていく。



また、グラウンド整備に限らず、チーム運営もこの通りだと思うのだ。中学生はそれぞれ一人一人が、まだどんな花が咲くかわからない、可能性のカタマリ(=種)を持っている。

それが芽を出して、将来自分だけの花を咲かせるために、環境を整えて、水をかけたり、外敵から守ったりするのが、周りの大人の役割だ。

もちろん、一番大切な伸びようとする力は周囲からの影響ではどうにもならない。育ったのはその作物、人が頑張ったからであって、周囲の育てる人の手柄ではないことも忘れてはいけない。

グラウンド整備は奥が深い

なんだかクサイことを書いてしまったが、これが僕が整備を嫌いではない理由だ。いや、書き進めていたら、やはり少し好きなのかもしれないとも思えてきた。

僕が整備に対して、人より少し関心があるのは、中学生の頃の指導者がトンボのかけ方についてかなり細かく指導する人だったこと。加えて、高校時代の野球部専用球場の整備は整備カーに頼らずに選手が全て手作業で綺麗にしよう、という風潮があったことが関係しているかもしれない。

あとは、半年くらい前に読んだ一冊の本の存在も大きい。
阪神園芸 甲子園の神整備』という本だ。日本一綺麗な天然芝と黒土の球場のグラウンドキーパーの方が書いている本で、整備の奥深さがよくわかる本だ。

水まきやライン引きのことも書かれており、とても興味深い。僕は「整備という側面から書かれて野球の本なんて初めてだ!」と思い、手に取った。

ありそうでなかった、中々珍しいタイプの本なので、興味のある人は是非読んでいただきたい。

さいごに

どんなに成功している人でも、おそらく未来には何かしらの目標があって、今という時間はそれに向けての助走の時間ということになる。

何も成し遂げていない自分にももちろん、見たい景色があり、今という時間はその為に使っている。

多くの人もそうではないか。自分の目標、また人の未来のために、今日もせっせと耕していく。


僕はこの、何かのために耕している感覚が好きだし、そんなことを考えながら体を動かすグラウンド整備も好きなのだ。

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