
この本は野球競技人口の減少に危機感を覚えたプロ野球選手が書いた本だ。横浜DeNAベイスターズの筒香選手は、自身の経験とともに学童野球、少年野球の現状に警鐘を鳴らしている。
前半は、幼少期から学童期、中学時代の堺ビッグボーイズ、横浜高校時代、そしてプロというように時系列に沿って、筒香選手の経験が書かれている。
どの時期にどのようなことを考えて生活し、どのようなことを意識して野球に取り組んでいたのかが細かく書かれているので、それぞれの年代での環境が想像しやすい。
家庭環境の重要性
本を読めばわかるが、筒香選手の小学生時代には家族の話が良く出てくる。この手の野球選手が書いた本にしては意外と珍しいのではないか?
中学野球に携わっているとわかるが、家庭の環境はものすごく大事だ。「子どものため」が逆に足かせになっていると感じることもしばしばある。
だが、筒香家の場合はそうではないようだ。親が子供に手を挙げることは決してなかったという。
野球のためにピアノを習わせたという話も紹介されている。筒香選手が高校までスイッチヒッターで長打を量産できたのはこういったところとも関係があるのかもしれない。ちなみに、筒香選手はプロ入り後でも試合前のフリーバッティングの際、右打席に立っているのを見たことがある。
また、筒香選手の活躍には、小学生時代のお兄さんの影響が大きいのではないかと思う。小学生時代には毎日野球の練習に付き合ってくれたそうだ。
それがものすごく良い指導だと感じる。弟である筒香選手には、すぐに答えを教えず、考えさせる声掛けを行っていたようだ。
堺ビッグボーイズに入団することになったのもお兄さんの影響が大きいという。
(堺ビッグボーイズの)「練習を見て他のチームと違ったのは、身体を使えるようにするという目的で、独自のトレーニングや体操を取り入れていたことです。
キャッチボールやノック、打撃練習など通常の技術練習の前に、かなりの時間を割いて独特な体操を行っていました。
両手の逆立ちや頭を支点にした三点倒立、座って両足を前に伸ばした状態で前進する“お尻歩き”、バーを使った体操やしゃがんで足首の関節を柔らかくする運動など、普通のアップとは違う動きを、時間をかけてしっかりと行っていたんです。
僕自身が、そういう練習に目を開かれる思いでした。それまではとにかく野球の練習を一生懸命やれば、技術は向上すると思っていました。でも、単純に野球の技術を教えるだけでなく、土台になる身体を作り、その動かし方を教えてくれるビッグボーイズの指導は、最終的には弟をプロ野球選手にするために一番必要なことだと思ったわけです。
すぐに『ここに入れよう』と決めていました」
『空に向かってかっ飛ばせ! 未来のアスリートたちへ』68頁
堺ビッグボーイズの取り組みについては後で紹介しようと思う。
ここですごいのはお兄さんの判断だ。筒香選手が小学生の時期には身体操作が決して主流ではなかったはずだ。筒香選手はこの本の中で、「センサー=感じ取る力」が大事だと言っている。体の中の“ズレ”を自分で感じて修正することができるのだという。これは時間をかけて自分の体に向き合わないとできないことだ。
結果的に、ジャパンの四番を打つまでになった筒香選手の活躍は、この時のお兄さんの判断がナシには実現しなかったのではないかとまで思う。
横浜高校時代~プロへ
神奈川県民として、横浜高校時代の話は楽しみに読み進めたのだが、高校3年間についてはあまり良いことが書かれていなかった。
様々は苦労があったのだろう。個人的には、2009年夏、横浜スタジアムで当時高校3年の筒香選手がキャプテンとしてチームを引っ張る横浜高校と、その年結局甲子園に初出場する横浜隼人高校の試合はものすごく印象に残っている。その試合で筒香選手の高校野球が終わったのだ。
プロ野球に入ってからは、どの年代でもありがちな、複数の指導者に違うことを言われて自分を見失うという悩みに陥ったようだ。そこでも最終的に救ってくれたのは大村コーチという、答えをすぐには教えず、筒香選手の考えを尊重してくれるコーチだった。
脱!勝利至上主義
さて、この本で一番重要なのは第四章、「『勝利至上主義』が子供たちの未来を奪う」だ。
筒香選手がこの本を出すというのはとても勇気が必要なことだったに違いない。
小・中学生の指導に関わる人は、第五章の堺ビッグボーイズの取り組みの紹介と合わせて、ここだけでも読んだ方が良い。
筒香選手は、勝利至上主義には3つの弊害があるという。
一つは子どものためにならない、指導者のための指導がまかり通ってしまうことだ。勝利を目指すことはゆるぎないことだが、それだけを価値と考えてしまうと、ミスをする子供は邪魔者になってしまう。「帰れ!」「使えないんだよ!」などという罵声や、最近ではなくなっているものの暴力もうまれてしまう。
また、筒香選手はバントの必要性についても疑問を投げかけている。
二つ目の弊害は子どもが指導者の顔色を覗ってプレーしてしまうことだ。これはこれからの教育で一番良くないことなのではないか?自分で考える力が問われる次の時代に指示待ち人間を作ってしまう指導は時代遅れどころか、逆行してしまっている。
これは僕の考えだが、自分で考えてバントをしたりするのは良いことなのではないかと思う。指導者の駒のように選手を動かして、それで試合に勝って満足するような指導が良くないのだろう。
勝利至上主義による三つ目の弊害は、選手が健康にプレーできないことだ。トーナメントが主流の日本野球で勝ちを求めるには、どうしても選手を酷使する場面が出てくる。これまでにもけがで将来を潰された選手がどれだけいただろうか。
以上の3つが筒香選手の主張する勝利至上主義の弊害だ。
堺ビッグボーイズの取り組み~野球が愛され続けるために~
第五章では堺ビッグボーイズがこの現状を変えるためにどのような取り組みをしているのかが紹介されている。
堺ビッグボーイズでは球数制限に始まり、変化球の制限、トーナメント大会の導入、練習時間の短縮、そして指導者による怒声の禁止など、様々な改革をしている。
ビッグボーイズの取り組みについてはまた別の記事で紹介したいと思うが、ここで挙げただけでもかなり時代の先を行く取り組みをしているのがわかる。
筒香選手はこうした取り組みが全国で必要だと唱えているのだ。
それはなんのためか?
野球という素晴らしいスポーツが少しでも長く人々に愛される競技であり続けるためだ。
そのために筒香選手は勇気を出してこの本を書いた。
この本が出回った直後、野球界では筒香選手を叩く動きがあった。だが、菊池雄星選手も筒香選手を一人にしないようコメントするなど、野球界は動き始めている。
ダルビッシュ選手も非常に精力的に野球界の未来のために発信をしている。
あとは現場にいる自分達指導者が動くだけだ。
少し長くなってしまったが、これが『空に向かってかっ飛ばせ』を読んで感じたこと、大まかな内容の紹介だ。
小中学生の指導に関わる人には是非読んでもらいたい。
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